チャネル間の位相と同期・校正
複数のアンテナで収録した信号を比較したり、複数のチャネルから信号を送信したりする評価では、振幅や周波数に加えて、チャネル間の「位相の関係」が重要になります。
このページでは、位相差を使う理由から、ソフトウェア無線機(USRP)の同期方法、測定系の校正、収録データの補正まで、共通する考え方を説明します。
1.チャネル間の位相差とは何か
例えば、USRPの受信チャネルCH0とCH1に、同じ周波数の信号を入力して収録したとします。
収録した2つの波形を同じ時間軸で重ねたとき、山と谷の位置が重なっていれば、位相差は0°です。一方、CH0の山に対してCH1の山が4分の1周期ずれていれば、位相差は90°です。1周期を360°として、波形のずれを角度で表しています。
このような、同じ時刻におけるチャネル間の波形の位置の違いを「チャネル間の位相差」と呼びます。
同じ信号を入力しても、位相差が生じることがあります
1つの信号源から信号を2つに分け、USRPのCH0とCH1へ入力する場合を考えます。元は同じ信号でも、分配器やケーブル、USRP内部の受信回路を通る間に、それぞれの信号に異なる位相のずれが加わることがあります。
そのため、収録した2つの波形が、必ず同じ山と谷の位置になるとは限りません。
各チャネルのLOも、位相差の原因になります
LO(局部発振信号)を使う受信回路では、LOの位相が受信データの位相に影響します。
RFモジュール内にチャネルごとに独立したLOを持つ構成では、CH0とCH1を同じ受信周波数に設定しても、それぞれのLOの位相が揃うとは限りません。そのため、各チャネルの入力端子に同じ位相のRF信号が届いていても、収録したIQデータに位相差が生じます。
まとめ:位相差は、同じ時刻における波形の位置の違いで、入力信号だけでなく測定系によっても生じます。
2.チャネル間の位相差を利用する用途
チャネル間の位相差は、電波の到来方向の推定や、ビームフォーミング、伝搬路・アンテナの評価に利用されます。これらの用途では、測定系や送信系によって加わる位相差が結果に影響するため、目的に応じた位相同期と校正が必要になります。
到来方向推定
離れた位置にあるアンテナには、電波の到来方向によって異なる時刻に信号が届きます。この到達時間差は、受信信号の位相差として現れるため、到来方向を推定する手掛かりになります。
測定系による位相差が加わると、それを伝搬による到達時間差として捉えてしまい、方向の推定に誤差が生じます。
ビームフォーミング
複数のアンテナで受信した信号の振幅と位相を調整して合成し、特定の方向から来る電波を強めたり、不要な方向から来る電波を弱めたりします。送信時も、各アンテナから出す信号の振幅と位相を調整することで、電波を強める方向を制御します。
受信系や送信系による位相のずれを把握せずに調整すると、狙った方向で十分に強められないなど、合成結果に誤差が生じます。
伝搬路・アンテナの評価
伝搬路やアンテナを通ることで生じる、信号の振幅や位相の変化を調べます。
ケーブルや機器による変化まで測定対象の特性として捉えてしまわないよう、測定系を校正し、その影響を補正します。
必要な同期や校正の範囲は、評価の目的によって異なります。複数チャネルを使うすべての収録で、同じ位相条件が必要になるわけではありません。
まとめ:測定系や送信系による位相のずれは、到来方向の推定やビームの形成、伝搬路・アンテナの評価結果に影響します。
3.タイミング同期・位相同期と、初期位相差の再現性
複数台USRPを使用する場合、サンプリングや収録開始のタイミングと、チャネル間の信号の位相関係を扱う必要があります。タイミング同期と位相同期は、それぞれ役割が異なります。
タイミング同期:サンプリングの基準と開始タイミングを合わせる
リファレンスクロックは、各USRPのサンプリングクロックの周波数基準です。共通のリファレンスクロックを使用することで、機器間でサンプリングの周期がずれていくことを抑えます。
PPSは、複数台のUSRPで収録・再生の開始タイミングを合わせるための基準信号です。共通のPPSを基準に、各USRPが同じタイミングで収録・再生を開始するよう設定します。
位相同期:チャネル間の信号の位相関係を扱う
リファレンスクロックとPPSでタイミングを合わせても、各チャネルのLOや内部回路による位相のずれまで揃うわけではありません。
チャネル間の位相関係を測定や信号の合成に利用するには、機種に応じてLOを共有したり、LOや信号処理の同期設定を行ったりする必要があります。具体的な接続と設定は、次章で説明します。
初期位相差の再現性:再起動や周波数の再設定後も、同じ位相差になるか
収録・再生を開始したときに現れるチャネル間の位相差を、ここでは「初期位相差」と呼びます。
例えば、同じ信号を各受信チャネルへ入力したとき、CH1がCH0より30°遅れていたとします。USRPの電源を入れ直したり、受信周波数を変更してから元に戻したりした後も、同じ条件で再び30°の位相差になることを「初期位相差の再現性がある」といいます。
位相差が再現すれば、以前に求めた補正量を再利用できる可能性があります。再現しない場合は、その都度位相差を測定し直し、データを校正する必要があります。具体的な測定・校正方法は第5章で説明します。
初期位相差が再現することと、連続動作中に位相差が変化しないことは別です。再測定・再校正が必要になる条件は、第6章で説明します。
4.USRPの同期方法
リファレンスクロックとPPSの接続・設定
複数台のUSRPを使うときは、OctoClockなどのクロック分配器で、共通のリファレンスクロックとPPSを各USRPへ分配します。収録再生ソフトウェアでは、外部クロックと外部PPSを使用するよう設定し、各USRPの収録・再生の開始タイミングを合わせます。
LO共有と機種固有の同期設定
LOの共有方法や位相同期の設定は、USRPの機種によって異なります。受信側を例に説明します。
LO共有の配線に合わせて、収録再生ソフトウェアで各チャネルの内蔵LO・外部LOの選択や、対応するLO出力の有効・無効を設定できます。
USRP X420
あるチャネルの内蔵LOをLO OUT端子から出力し、別のチャネルのLO IN端子へ接続して共有できます。複数台で共有する場合は、外部のLO分配器を使用します。
収録再生ソフトウェアで、LOを供給するチャネルのLO出力を有効にし、供給を受けるチャネルは外部LO入力に設定します。
X420では、使用するFPGA構成(フレーバー)とUHDのバージョン、クロック設定によって、位相同期の対応条件や初期位相差の再現性が変わります。LOの配線・設定と合わせて、使用する構成の対応条件を確認する必要があります。
USRP N321/N320
N321は、自機の内蔵LO、または外部から入力したLOを他の機器へ分配できます。例えば、N321とN320を1台ずつ使用し、共通のLOを両機へ供給する構成が可能です。
収録再生ソフトウェアで、N321のLO入力元と分配出力を設定し、N320は外部LO入力に設定します。N320は、他の機器へのLO分配出力を備えていません。
USRP N310
N310は、同じRFモジュール内の受信2チャネルで内蔵LOを共有します。受信4チャネルは、LOを共有する2チャネルずつのグループに分かれています。
このグループをまたいで、または複数台でLOを共有する場合は、外部信号源から共通のLOを各受信系統へ分配します。ただし、外部LOを共有しても内部の分周回路による180°の位相不確定性が残るため、再設定後などには位相差を確認し、必要に応じて再校正します。
USRP X310+UBX/OBX
外部LOを分配せず、機種固有の同期設定を使ってチャネル間の位相同期を行う構成です。使用する周波数やクロック設定などに対応条件があります。
USRP B210、E320
B210とE320は、1台内の受信2チャネルでLOを共有します。複数台を使用する場合は、1台内のLO共有とは別に同期条件を確認する必要があります。
LOを共有しても、チャネル間の位相差が自動的に0°になるわけではありません。残る位相差を測定し、データを校正する必要があります。詳しくは「チャネル間位相差の測定と、データの校正」をご覧ください。
5.チャネル間位相差の測定と、データの校正
同じ信号を各チャネルに入力します
まずチャネル間の位相差がどの程度あるか、測定を行います。USRPの受信チャネルCH0とCH1を使う例で説明します。
1つの信号源からCW信号を2分配器で分け、同じ種類・長さのケーブルでCH0とCH1へ接続します。受信周波数・ゲイン・同期設定は、実際の測定で使用する条件に合わせます。
例えば、受信中心周波数を2 GHz、帯域幅を10 MHz、IQレートを12.5 MS/sとし、信号源から2.001 GHzのCWを入力します。収録したIQデータでは、受信中心周波数から+1 MHzの信号になります。
ここでは、分配器とケーブルによる経路間の位相差は無視でき、各チャネルの入力端子に同じ位相の信号が届くものとして説明します。
収録データからチャネル間位相差を求めます
収録した両チャネルのIQデータを、お客様の解析プログラムで読み込み、同じサンプル位置で位相を比較します。ノイズの影響を減らすため、信号が安定している区間の複数サンプルから位相差を求めます。
例えば、CH1がCH0より30°遅れていた場合、この30°をUSRPの受信系による位相差として扱います。
お客様の解析環境でデータを校正します
測定した位相差を使って、収録したIQデータを校正します。この例では、PythonやMATLABなどのお客様の解析プログラムで、CH0を基準にCH1の位相を30°進めます。
具体的には、CH1の各IQサンプルを複素平面上で30°回転させます。サンプルの時間位置は変えず、各サンプルのIとQの値を変える処理です。
まず位相差の測定に使ったデータへ適用し、CH0とCH1の位相差がほぼ0°になることを確認します。
波形はIQデータのI成分を示す説明図で、実測値ではありません。点は80 nsごとのサンプル位置です。図を選択すると拡大できます。
測定対象のデータへ適用します
位相差の測定後、2本のケーブルを分配器から外し、それぞれを測定用のアンテナへ接続します。USRP側の接続と、受信周波数・ゲイン・同期設定は維持します。
測定系の位相差が変わっていなければ、アンテナで受信したCH1のデータにも、位相を30°進める校正を適用できます。これにより、USRPの受信系によるずれを取り除き、アンテナに届いた信号の位相差を調べます。
電源再投入や周波数の再設定などを行った場合の再測定については、次章で説明します。
広帯域と送信側の校正
この例で測定したのは、受信中心周波数から+1 MHzの信号に対する位相差です。広帯域のデータを校正する場合は、CWの周波数を変えて測定するなどして、帯域内の位相差や遅延の周波数依存性も確認します。
送信側も、送信回路やケーブルを含めた位相差を別に測定し、その結果に基づいて校正します。受信側で求めた補正量を、そのまま送信側へ適用することはできません。
6.再測定・再校正が必要になる場合
一度求めた補正量を再利用するには、測定系の位相差が変わっていないことが前提になります。操作や測定条件の変更に応じて、位相差を確認します。
電源再投入や周波数の再設定を行った場合
初期位相差が再現しない構成では、USRPの電源再投入や周波数の再設定後に、位相差を測定し直し、その結果でデータを校正します。
再現性を確認した構成では、確認済みの条件の範囲で、以前に求めた補正量の再利用を検討できます。
配線や機器設定を変更した場合
ケーブルの交換・接続先の変更や、受信周波数・ゲイン・LO入力元・クロック設定などの変更によって、測定系の位相差が変わることがあります。
変更後の条件で位相差を測定し、必要に応じて補正量を更新します。例えば、2 GHzで求めた補正量を、別の受信周波数でもそのまま使えるとは限りません。
連続動作中の位相変化を確認する場合
動作中も、時間や温度の変化に伴って位相差が変わることがあります。この変化を「位相ドリフト」と呼びます。
長時間の測定では、測定の前後や途中に基準信号を入力するなどして、位相差の変化を確認します。評価に必要な精度と動作時間に応じて、再測定・再校正の間隔を検討します。
7.機種別の位相同期対応
受信チャネル間の位相同期について、1台内と複数台構成の対応を示します。
○:対応 ×:非対応 —:対象外
| USRP | 1台内 | 複数台 | 接続・設定条件 |
|---|---|---|---|
| B206mini-i/B200 | — | × | 受信1チャネル。外部LO共有には非対応 |
| B210 | ○ | × | 1台内の受信2チャネルで内蔵LOを共有 |
| E320 | ○ | × | 1台内の受信2チャネルで内蔵LOを共有 |
| B310 | 確認中 | 確認中 | 位相同期の対応条件を確認中 |
| N310 | ○ | ○ | 2チャネル単位で内蔵LOを共有。グループ間・複数台では外部LOを分配。外部LO共有でも180°の位相不確定性が残るため、再設定後などに位相差を確認し、必要に応じて再校正。 |
| N320/N321 | ○ | ○ | 共通LOを各チャネルへ供給。N321はLO分配出力を搭載 |
| X310+UBX | ○ | ○ | 機種固有の同期設定を使用。周波数・クロック設定に条件あり |
| X310+OBX | ○ | ○ | 機種固有の同期設定を使用。周波数・クロック設定に条件あり |
| X410 | × | × | 位相同期には非対応 |
| X420 | ○ | ○ | LO入出力を接続し、複数台では外部LO分配器を使用。FPGA構成・UHD版・クロック設定にも条件あり。 |
機種別の配線と設定条件は、第4章「USRPの同期方法」をご覧ください。